「肉体」と「身体」
☆読了★
五十嵐恵邦『敗戦の記憶―身体・文化・物語1945‐1970』(中央公論新社、2007.12)
タイトルに留意したい。
「戦争の」ではなく、「敗戦の」記憶である。
それは、ジェンダー化されたアメリカと日本の関係として語られてきた。
原爆・昭和天皇・肉体文学・「君の名は」・ゴジラ・力道山・野坂昭如・三島由紀夫……。
これらさまざまな事象や作品や人物への分析をとおして著者が見出しているのも、
やはりジェンダー化された敗戦の表象である。
しかし、おもしろいのはとことん「身体」にこだわって記憶の再編を論じている点である。
というのも、敗戦直後において性とアナーキーの象徴は「肉体」だったのだが、
それを「身体」と語り直すことで、ありそうでなかった戦後日本の表象文化論を作ることに
成功しているからだ。
既存の枠組みを踏襲しながら、盲点を突いた書物である。
五十嵐恵邦『敗戦の記憶―身体・文化・物語1945‐1970』(中央公論新社、2007.12)
タイトルに留意したい。
「戦争の」ではなく、「敗戦の」記憶である。
それは、ジェンダー化されたアメリカと日本の関係として語られてきた。
原爆・昭和天皇・肉体文学・「君の名は」・ゴジラ・力道山・野坂昭如・三島由紀夫……。
これらさまざまな事象や作品や人物への分析をとおして著者が見出しているのも、
やはりジェンダー化された敗戦の表象である。
しかし、おもしろいのはとことん「身体」にこだわって記憶の再編を論じている点である。
というのも、敗戦直後において性とアナーキーの象徴は「肉体」だったのだが、
それを「身体」と語り直すことで、ありそうでなかった戦後日本の表象文化論を作ることに
成功しているからだ。
既存の枠組みを踏襲しながら、盲点を突いた書物である。
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