ホットコーヒーが飲めない  
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プロジェクト
カネボウの沢尻エリカのCMを見て思わず見入っちゃったみなさん、こんばんは!
唐突ではあるが、好感度をアップさせる方法を考えてみた。

 青ハンカチを常にポケットに入れておく。
 人前ではなるべく子犬を抱く。
 高校球児のように汗を拭く機会はないので、ハンカチでメガネを拭き、鼻もかむべし。
 
これで秋はハッピー。
2006'08'27(Sun)23:20 [ メガネは顔の一部です ] CM0. TB0 . TOP ▲
政治と文学
8月15日に小泉首相が靖国参拝した。
朝からヘリを回して参拝の一部始終を生中継したワイドショーにはうんざりである。
当然のごとく、テレビや新聞には賛成派・反対派の論客が登場してA級戦犯合祀の是非や中国・韓国の抗議について意見を述べた。

それにしても、まるで「政治と文学」である。
「政治と文学」は自分が研究している戦後文学と関わるキーワード。
詳細は省くが、図式的に言うと「政治」は個人よりも優先すべきとされる超越的な理念や理念に基づいた組織性のこと。一方、「文学」は「政治」から自律した個人のことで、『近代文学』派と言われる批評家たちはこの「文学」から出発すべきだと考えた。

で、その「政治と文学」が靖国問題とどう関わるのかと言えば、それは参拝という行為がしばしば心の問題、つまり「政治」的な意図などなくて、純粋に個人の思いからしているのだ、とされる点にある。
これはまさに「文学」である。
でも、純粋であるはずの「文学」がそれ自体「政治」的に機能してしまうことがある。
靖国参拝で言えば、「慰霊したい」という心から行った参拝がそれ自体戦争責任についての「政治」的な態度の表明ともなるというところだろうか。

で、問題なのはそういう「政治」性ではなく、「政治」性があるのにも関わらず全てを個人の内面に帰するものとして純化してしまうことだ。
言い換えれば、「文学」を特権化する身振りが実はとても暴力的なのではないかということである。

でも、こちらの暴力はいつも見えにくいのである。
2006'08'20(Sun)19:18 [ 研究/考察 ] CM0. TB0 . TOP ▲
赤いボトル

ロッテ「キシリトール・ガム<ライムミント>」のボトル。

家でも外でもガムを噛むので、家専用にボトルを買ってみたのである。
でもなぜロッテのガムなのか。
なぜ、息だけでも福山になりたいと思っているのに、グリコ「キシリッシュ」のボトルにしなかったのか。

だってトクホなんだもん。ぼやけてるけど確かにトクホ。

ところで、このガムにも何種類か味がある。
青いのはクリスタルミント、紫はロゼミントである。
が、赤いのもあるのだ。ただし、ボトルのタイプしか売っていない。


だから買ってみた。
赤いボトル。アップルミント。
ちなみに大きいサイズのボトルしかない。

ほらね、デカイでしょ。
値段も高いのよ。

そして、今日は出血大サービスで中身も大公開!


なかなかヴィヴィッドな色だよね……。
念のため言っておくけどこれアップルだからね、アップル。


でもきっと大丈夫。



だってトクホなんだもん。
2006'08'13(Sun)01:57 [ メガネは顔の一部です ] CM0. TB0 . TOP ▲
日本らしいサッカー
明日はオシムジャパンの初戦である。
オシムには期待している。
ジェフでのスピード溢れる攻撃的なサッカーを見たら、期待せずにはいられない。
もっとも、明日の結果がどうこうというより、長い目で見ての期待である。
残念ながら『オシムの言葉』は未読だが、それでも、記者会見などでらしい言葉は出ているように思う。
しかし、どうしても納得できないのはオシムの言った「日本らしいサッカー」という言葉を「日本人らしい敏捷性を活かしたサッカー」と解釈して納得してしまうマスコミの姿である。

無能な前監督は「日本はフィジカルを強くすべき」と言い残して去っていった。
それと比較すると、「日本らしいサッカーをしよう」というオシムの言葉は、確かに「体格差を気にしても仕方ない」「敏捷性を活かしたサッカー」という解釈を許すもののようにも思える。

けれども、あえて幼稚なツッコミをしてみたい。
まず、これまでも日本代表は早いパス回しやプレスなど「敏捷性」を活かしたサッカーをしようとしていたんじゃなかったっけ。フィジカルで勝って試合を優位に進めるなんてことは、ほとんどなかったはずである。
そして次。オシムが「敏捷性を活かしたサッカー」をわざわざ「日本らしいサッカー」なんて言い換えるだろうか。ストレートに言っちゃえばいいではないか。
「日本らしい」=「敏捷性」というステレオタイプをなぞるだけなぞっておいて、日本サッカーの再生を煽り立てるマスコミなんてちゃんちゃらおかしい。

「日本らしいサッカー」なんてどこにもない。
それは、これから作られていくもののはずである。
そのどこにもないサッカーについて言葉にする時、オシムはあえて「日本らしいサッカー」というナイーヴな表現を用いたのである。
そこにオシムのウィットがある。

そう思いたい。
2006'08'08(Tue)22:00 [ football ] CM0. TB0 . TOP ▲
型にはまる
亀田興毅の試合判定をめぐって議論が盛り上がっている。

たいして興味もなかったが、勉強しながらとりあえず試合を見ていた。
亀田の判定勝ちが決まった時はポカーンとしてしまったが、とりあえずそこのところの話は置いておこう。

前々から思っていたのは、挑発的な言動と派手なパフォーマンスで型破りっぽく見える亀田が、その実既存の型なんて何にも壊していないということだ。
某テレビ局が、試合の1時間以上前から馬鹿みたいに延々と亀田父子の物語を流していたことに顕著なように、亀田興毅の世界戦は親子愛という決まりきった型に収まっていたのである。
亀田自身が試合後の会見で「他人には話してもわからん」というように父子の絆を特権化してもいる。

さらにバックアップの異様な充実ぶりも気になる。
芸能人やアーティストはともかく、与党の政治家がなぜあんなにも応援するんだろう。小池環境相も応援に駆けつけていたわけだし、後援会の名誉会長は平沢勝栄衆議院議員である。

防衛戦でも再戦でも何でもすればいいけど、とりあえず亀田が型破りでも異端児でも何でもないことだけは確かだろう。
2006'08'06(Sun)22:55 [ 研究/考察 ] CM1. TB0 . TOP ▲
この夏にすること
夏期講習の季節である。
この夏は2つの講習(2コマじゃないよ)を担当することになり、お盆までいっぱいいっぱいである。

そんな夏だが、9月にとある研究会で発表することが決まった。
まだなーんにも考えていない。
これから発表テーマを決めて準備をしなくてはならない。
まずテーマである。
発表要旨も早めに伝えないと行けない。

地道に頑張ります…。
2006'08'01(Tue)23:58 [ メガネは顔の一部です ] CM0. TB0 . TOP ▲